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社会環境変化の激しい時代。個人のキャリア形成は組織主体から個人主体へ、個別化・多様化したものに変化してきています。
今回は、変化の激しい時代のキャリア形成に合うと言われるキャリア理論「プロティアン・キャリア」とは何か、またこのような時代のキャリア形成をどのようにしていくべきかについて、渡辺三枝子編著『新版キャリアの心理学 第2版』からの引用を元に解説します。
この記事を読むと、プロティアン・キャリアというキャリア理論についてわかり、今後のキャリア形成に向けたスモールステップを踏み出すことができるでしょう。
プロティアン・キャリアとは
プロティアン・キャリアとは、組織によってではなく、個人によって形成されるもので、キャリアを営むその人の欲求に見合うようにそのつど方向転換される変幻自在なキャリアのことを指します。
プロティアン・キャリアは、ボストン大学名誉教授 ダグラス・ホールが1976年に提唱したキャリア理論です。
出典:渡辺三枝子『新版キャリアの心理学 第2版』ナカニシヤ出版、2018年、p171より引用
プロティアンの意味
photo by Adobe Stock
プロティアン(protean)とは、英語で「変化し続ける、いろいろな形に変化する、変幻自在な」という意味があります。
プロティアンの語源はギリシャ神話のプロテウス(proteus)に由来します。
プロテウスは海神で、他のものに変身する力を持ち、つかまえることが至難の業であるという特徴があります。
プロティアン・キャリアが提唱された背景は
プロティアン・キャリアが提唱された1970年代、先進国では経済停滞や貿易自由化の影響により企業の事業縮小や再構築が進んでいました。
アメリカでは長期雇用の崩壊と雇用の流動化が進み、人材マネジメント理論と再構築に迫られました。
組織行動の研究者として、多様な人材を活かす人事戦略などを専門としてきましたダグラス・ホール。
ホールは、このような時代背景の中で、個人のキャリアに潜在的な変化が忍び寄ることを察知し、新しいキャリアモデルを示したのです。
出典:独立行政法人 労働政策研究・研修機構「日本労働研究雑誌 2023年4月号(No.753)」
プロティアン・キャリアの目標とは
プロティアン・キャリアの目標は、心理的成功です。
高い地位や給料など、外から見た基準ではなく、キャリアを営む本人にとって大事な仕事や目的を達成したことで得られるものです。
例えば、誰かに言われて始めたことで失敗したら、後悔したり他責にしたくなったりすることもあると思います。一方、自分の意志で始めたことであれば、もし失敗したとしても後悔せず、もう一度トライしてみることも往々にしてあるでしょう。
プロティアン・キャリアとは、組織ではなく個人によって管理されるキャリアです。次の章では、従来のキャリアとの違いについてもう少し詳しくご説明します。
従来型のキャリアとプロティアン・キャリアは何が違うのか?
従来から言われてきたキャリアとプロティアン・キャリアは何が違うのかについて説明します。
プロティアン・キャリアの提唱者による「キャリア」の定義は
プロティアン・キャリアを提唱したダグラス・ホールは、独自のキャリアの定義を提唱しています。
- キャリアとは成功や失敗を意味するのではなく、早い昇進や遅い昇進を意味するものではない。
- キャリアにおける成功や失敗はキャリアを歩んでいる本人によって評価されるのであって、他者によって評価されるわけではない。
- キャリアは行動と態度から構成されており、キャリアを捉える際には、主観的なキャリアと客観的なキャリア双方を考慮する必要がある。
- キャリアはプロセスであり、仕事に関する経験の連続である。
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従来型のキャリアとプロティアン・キャリアを比較
「プロティアン・キャリア」の特徴を、従来の伝統的なキャリアと比較して紹介します。
伝統的キャリア | |
---|---|
主体者 | 組織 |
核となる価値観 | 昇進、権力 |
移動の速度 | 低い |
重要なパフォーマンス側面 | 地位、給料 |
重要な態度側面 | 組織コミットメント、 この組織から自分は尊敬されているか (=他者からの尊敬) |
重要なアイデンティティ側面 | 私は何をすべきか (=組織における気づき) |
重要なアダプタビリティ側面 | 組織関連の柔軟性 (測度:組織で生き残ることができるか) |
プロティアン・キャリア | |
主体者 | 個人 |
核となる価値観 | 自由、成長 |
移動の速度 | 高い |
重要なパフォーマンス側面 | 心理的成功 |
重要な態度側面 | 仕事満足感、専門的コミットメント、 自分を尊敬できるか (=自尊心) |
重要なアイデンティティ側面 | 自分は何がしたいのか (=自己への気づき) |
重要なアダプタビリティ側面 | 仕事関連の柔軟性、現在のコンピテンシー(測度:市場価値) |
プロティアン・キャリアに必要な2つの能力とは?
プロティアン・キャリアを形成するには、アイデンティティとアダプタビリティという2つの能力が必要だと言われています。
ここからはそれぞれの意味とキャリアとの関係について説明します。
アイデンティティ
アイデンティティとは、自我同一性とも呼ばれ「これが自分である」という感覚を持つものです。
アイデンティティの提唱者であるエリク・エリクソンによると、アイデンティティには、斉一性と連続性という2つの特徴があるといいます。斉一性とは自分が固有な存在であること、連続性とは過去の自分と今の自分を同じ自分として捉えられるという意味です。
一方、プロティアン・キャリアを提唱するダグラス・ホールによるアイデンティティの捉え方は特徴的です。
ホールは、アイデンティティの一部に「サブ・アイデンティティ」が存在すると考えています。
たとえば、ある人が働く人であり、母親であり、アーティストでもあったとすると、メインにキャリア・アイデンティティがあり、サブ・アイデンティティに母親アイデンティティ、アーティスト・アイデンティティと3つのアイデンティティを持つことになります。
ホールの考えによれば、キャリア発達はキャリア・アイデンティティが成長し、サブ・アイデンティティに分化することによって生じるといいます。
では、なぜプロティアン・キャリアを形成するために、アイデンティティが必要な能力なのでしょうか?
変幻自在なキャリアを作る前提には、自分自身の価値観や興味がはっきりしていること、自分は過去も現在も未来も連続しているという確信が必要だからです。
もし、己のアイデンティティがはっきりしていなければ、変化し続ける時代に翻弄され、プロティアン・キャリアが目標とする心理的成功からは遠ざかってしまいます。
変幻自在なキャリアを構築するためには、アイデンティティをはっきりしておくことが必要です。
アダプタビリティ(適応能力)
アダプタビリティ(adaptability)をそのまま翻訳すると「適応性、順応性、融通性」といった意味になります。
一方、プロティアン・キャリアに必要な能力としての「アダプタビリティ」とは、適応コンピテンスと適応モチベーションのふたつがかけ合わさったもので、能力というよりは動機づけの面を持っていると捉えられます。
まず、適応コンピテンスは3つの要素から成り立っています。
- アイデンティティの探索
アイデンティティを変えたり、維持したりするための潜在能力を発達させるために自己に関するより完全かつ正確な知識を得ようとする継続的な努力- 反応学習
環境からのサインに気づき、さまざまな役割行動を発達させたり、最新のものにすることによって、変化し続ける環境からの要求に効率的に反応したり、環境に影響を及ぼすこと- 統合力
変化し続ける環境からの要求に適切にこたえるための行動と自分のアイデンティティの一致
次に、適応モチベーションとは、適応コンピテンシーを発達させたり、所与の状況に対して適応コンピテンシーを応用しようとする意思のことです。
キャリア上の意思決定とは、数年や数十年に一度の大きな決断をするときという意味ではなく、日々の選択を意味するようになっているとホールは考えています。
つまり、毎日の生活の中で、自分自身のアイデンティティを自己評価しながら、アダプタビリティを発揮して、変化し続ける環境に適応し続ける必要があるのです。
プロティアン・キャリアを促進する10のステップとは
ダグラス・ホールは、組織心理学をベースに研究をしているため、個人が組織の中でどのようにキャリアを発達させていくかという点において示唆的な理論を多く提唱しています。
プロティアン・キャリア、つまり変幻自在なキャリアを促進するためにホールが提唱している10のステップがあります。組織やキャリア支援者向けの内容ではありますが、参考までにご紹介します。
- 「キャリアを有しているのは個人である」という認識からスタートする
- 個人が発達の努力をするための情報やサポートを作り出す
- 「キャリア発達は関係的なプロセスであること」を認識する
- キャリア情報、アセスメント技術、キャリア・コーチング、キャリア・コンサルティングを統合する
- キャリアサービスや新しいキャリア契約に関して、従業員と十分なコミュニケーションをとる
- キャリア・プランニングではなく、仕事のプランニングを促進させる
- 人間関係や仕事を通じての学習を促進する
- キャリアを発達させる仕事や人間関係への介入を促進する
- 職務に熟達することではなく、「学習者としてのアイデンティティ」を重視する
- 「発達のために自分の周りにある資源」を使うという思考傾向をのばす
キャリア理論を用いたキャリア支援
プロティアン・キャリアの考え方をベースにしたキャリア支援は、変化の激しい近年に有効になっています。
キャリアコンサルタント養成講習「GCDF-Japanキャリアカウンセラートレーニングプログラム」では、さまざまなキャリア理論を用いたキャリアコンサルティングのスキルを、体験学習を通じて身につけられます。
今働く人たちが、どんな生き方・働き方をしたいのかを面談を通じて一緒に探し、実現に向けてサポートするため、仲間と一緒に学び合います。
まとめ
- プロティアン・キャリアとは、個人によって形成される変幻自在なキャリアを指す
- プロティアン・キャリアは、ダグラス・ホールが1976年に提唱したキャリア理論
- プロティアン・キャリアの目標は、キャリアを営む本人が得る心理的成功
- プロティアン・キャリアを形成するには、アイデンティティとアダプタビリティという2つの能力が必要